「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み-佐倉・成田・佐原・銚子:百万都市江戸を支えた江戸近郊の四つの代表的町並み群-」は、2016年(平成28)4月に日本遺産(シリアル型)に認定されました。
北総地域は、江戸幕府の本拠地百万都市江戸に隣接し、穀倉地帯の関東平野と豊かな漁場の太平洋を背景に、利根川の東遷により発達した水運と江戸に続く街道を利用して江戸に東国の物産を供給し、江戸の暮らしや経済を支えました。そして人々の往来が北総地域に江戸文化を運び、城下町の佐倉、成田山の門前町の成田、利根水運の河岸であり香取神宮の参道の起点である佐原、漁業と東北地方と江戸をつなぐ商港、そして磯めぐりの観光客で賑わう銚子という4つの特色ある都市が発展しました。この四都市は、江戸庶民も訪れた4つの町並みや風景が残り、今も東京近郊にありながら、江戸情緒を感じることができます。
大潮祭り
年の初めに豊漁と安全を祈る儀式、漕出
利根川の東遷によりその河口となった銚子は、天然の漁場を臨む好地にあり、江戸の人々に魚を供給する漁場として発展しました。江戸への魚の運搬は、利根川と「鮮魚街道」と呼ばれる街道により鮮度を失わないように迅速に行われました。一方、水揚げされた大漁のイワシのほとんどが鮮魚としての供給ではなく、干鰯等の魚肥へと加工するために利用されました。浜辺には広大な干鰯場が広がり、それらは利根水運により江戸へ運ばれ、その後、関西方面で栽培されていた綿花の肥料として重宝されていました。 また、利根水運は物資の輸送だけではなく、江戸からの人や文化を運んできました。江戸庶民の間で香取・鹿島・息栖の東国三社詣が盛行すると、そのオプショナルツアーとして「銚子磯めぐり」が人気を博していきました。海岸周りの奇岩奇礁や寺社をめぐる旅は、江戸からの文人墨客の間でも好まれ、その風景が多くの作品に題材として取り上げられました。 さらに、1616年(元和2)に銚子で醤油醸造が始まり、江戸の食味にあうように改良を重ね、現在の濃口醤油が開発されたことで、江戸での需要が急速に高まり、江戸前料理を支えたといわれています。
サンマの水揚げ
大量のサバ
脂がのった入梅いわし
入梅いわしの鉄火丼
銚子の漁港は、江戸時代初期に紀州から移住した﨑山治郎衛門が築港した外川港から始まりました。漁港に面した斜面に碁盤目状の街区を作り、紀州から多くの漁民を呼び寄せ、銚子漁業の礎となりました。この﨑山が作った街区は、今も残り、当時の面影を伝えています。そして、利根川河口付近には、銚子の観音様として参拝者が多かった飯沼観音・円福寺、そして漁師の守り神である川口神社をはじめ江戸から続く歴史文化を伝える銚子資産が残っています。
外川の町並み
飯沼観音
この日本遺産「北総四都市江戸紀行」のストーリーは、①江戸に続く街道と利根水運の発達がもたらした繁栄、②百万都市江戸を支え、江戸とのかかわりで発展した都市の歴史と文化、③江戸情緒の残る代表的な町並みの3つの小テーマに基づきまとめられ、地域計画に盛り込んだ他の7つの「ものがたり」と密接な関係を持っています。
北総の四都市は、それぞれの役割を持って百万都市江戸を支えた歴史文化が残り、同一地域にタイプの違う4種類の町並みが残るという稀有な地域でもあり、歴史文化を活かした広域連携の取組みを進めています。